© The New York Public Library, 2016
人が生活するうえで欠かせないトイレは、福井県鳥浜貝塚から発見された遺物から、縄文時代前期にはあったと考えられています。
河岸に杭を打って板を渡した桟橋のような古代のトイレは、人々の暮らしと時代の移り変わりで、変化と進化を遂げています。
そんなトイレの呼び方も、時代ごとにそれぞれで、今でも人々は状況に応じて使い分けています。
ここでは、西洋の生活様式や風習が流入し、それまでの暮らしが激変した明治時代のトイレの呼び方をご紹介します。
トイレの呼び方の違いは?時代の違いも?
トイレは人によって、利用する場面や状況に応じても、呼び方に違いがあります。
今では、「お手洗い」「便所」「化粧室」「WC」など、さまざまな呼び方が利用されています。
「はばかり」や「雲隠」、「ご不浄」など、以前は使われながらも、最近ではあまり使われない呼び方や隠語もあります。
時代劇のドラマや映画では、トイレのことを「厠(かわや)」と呼ぶシーンを目にした人も多いと思います。
この「厠」という言葉は、古代トイレのように川の上に掛け渡して排泄物を流す建物の「川家」に由来するともいわれています。
昨今でも一般的に使われる「お手洗い」という呼び方は、西洋建築が急速に流入した明治時代から使われています。
日本では汚いところから出てくる際、手を洗う習慣があったため、明治時代にも「お手洗い」という呼び方が使われていて、小説などにも確認できます。
明治時代に変化を迎えたトイレの様式
江戸時代までは「厠(かわや)」と呼ばれていたトイレの呼び方は、明治時代の欧米文化の浸透による建築様式の変化と呼応して変わっています。
今では当たり前に目にするの腰掛けるタイプの「洋式トイレ」も、明治時代に初めて設置されています。
とはいえ、明治時代の日本のホテルのトイレは、ほとんどが和式トイレでした。
洋式トイレは、大正時代以降に帝国議会議事堂や高級ホテルなどのごく一部に設置されたものの、一般家庭への普及には至っていません。
トイレ様式の本格的な変化は、下水道や浄化槽の整備や普及が急速に進んだ昭和になってからで、本格的な洋式の水洗トイレも追随しています。
「厠」から「お手洗い」といった呼び方の違いは、トイレ設備の進化と普及がリンクしています。
生活に欠かせないトイレの様式も呼び方も変化した明治時代
縄文時代前期にはあったとされるトイレは、自然に処理を任せたような様式が遺物に確認されています。
その原形にさまざまな工夫が重ねられ、時代ごとの技術水準によって様式の変化を遂げています。
特に明治時代の日本では急速に流入した西洋建築の様式が、それまでの「厠」という呼び方のトイレの有り様も変え、「お手洗い」といった呼び方の変化も生み出しています。
今では、IoT技術も利用された日本のトイレは、その快適さから海外からも注目を集めています。