明治時代に歴史的仮名遣いが使われていたのは学校教育が原因?

c The New York Public Library

日々新しい言葉が生まれることで辞書に加わる言葉も数多くあるとされています。

明治時代には歴史的仮名遣いという仮名遣いの一種が使われていましたが、それはどんな言葉だったのかご存知でしょうか。

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歴史的仮名遣いってそもそもどんなもの?

あまり見耳慣れない歴史的仮名遣いですが、実際にはどんなものなのかご存知の人も少ないのではないでしょうか。

歴史的仮名遣いは、現代仮名遣いと比較して旧仮名遣いと言われることもありますが、そもそもは平安時代中期以前の万葉仮名の文献に基準を置いて江戸時代に契沖という国学者が大枠を作って本居宣長が漢文の部分を作ったのが始まりとされています。

清少納言の枕草子なども歴史的仮名遣いを使った文章とされていますが、契沖の著書である「和字正鑑鈔」は仮名遣いの基準であり正しい用法を示してあるとされています。

夏目漱石の「こゝろ」の初版は歴史的仮名遣いで書かれていますが、現代人でも読みやすくするように現代仮名遣いに直されている作品も非常に多いようです。

明治時代に歴史的仮名遣いが主流になったのは学校教育からだった?

実は、明治時代から終戦直後まで使われていた歴史的仮名遣いは、実際に普及するまでにかなりの時間を要したとされています。

明治時代において、なぜ歴史的仮名遣いが使われていたのかというと明治6年に文部省が作った小学校の教科書に歴史的仮名遣いが採用されたことがきっかけとなっています。

ただ、だからといって正しい仮名遣いを使っていたかというのは定かではなく、実際には新聞などでもルビが間違っていることもしばしばで、日常においても自由な仮名遣いが使われていたとされています。

しかし、明治24年に国民的辞書となった大槻文彦の国語辞典「言海」が発行され歴史的仮名遣いも徐々に普及していくようになるのです。

だからと言って、すぐに浸透し一般にも広く使われたわけではありませんでした。

あまりにも普及しなかったことから、明治41年には「臨時仮名遣い調査委員会」の公聴会において「発音的仮名遣い」への移行を提案したものの森鴎外による歴史的仮名遣いの擁護演説により撤回を余儀なくされ、なかなか普及が進まないまま、それでも明治時代から大正時代の数十年をかけ学校教育により普及を続けたために、その当時は歴史的仮名遣いが使われていたとされています。

歴史的仮名遣いが定着しなかった理由とは

明治時代から第二次世界大戦終戦直後まで長きにわたって使われていた歴史的仮名遣いですが、なぜ現代ではあまり見かけることがなくなったのか疑問に思われる人もいるのではないでしょうか。

もちろん、現代小説でも歴史的仮名遣いを使って書かれている作品もありますが、ほとんどは現代仮名遣いで書かれているものばかりです。

なぜ、歴史的仮名遣いが明治以降から今現代まで定着しなかった理由としては、いくつか考えられます。

まず、歴史的仮名遣いは人々が生活を送る上で自然に発生したものではなく、人工的に作られたものであることです。

人工的に作られたものというのはどこか違和感があり、便利であれば定着しますが歴史的仮名遣いのように使いにくい場合には定着しなくても当然と言えるでしょう。

次に考えられるのは、日本には音を表した文字である「表音文字」と、その特定の意味をあらわした文字である「表意文字」を使い分けているからです。

日本語は、日本語じゃないのと思われるかもしれませんが、簡単に言えば表音文字はひらがな、表意文字は漢字を表します。

英語のアルファベットのように、つづりと発音に密接な関係にあるわけでなく、表意的要素を持つのは漢字であるため表音文字であるひらがなを使用するのはかなり厄介だからということです。

現に、昭和21年に歴史的仮名遣いから現代仮名遣いに移行されるとあっという間に普及しそれが当たり前となってしまったとされており、やはり実際の生活の中で使いやすい方を選ぶのはどの時代でも当然の選択なのかもしれません。

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