明治時代の病院は誰でも開業できたって本当?

明治時代k (29)© The New York Public Library, 2016

医療の進歩や病院の設立などによって入院が必要な長期治療を行うことが当たり前の現代ですが、それも過去の時代を経て今があるものです。

明治時代の病院とはいったいどんなものだったのでしょうか。

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明治初期の病院の開業は誰でも出来た?

明治維新によって近代化が進み医療に関しても様々な知識が技術が諸外国から輸入される一方で、明治時代当初の病院はまだ漢方医が多く西洋医が少なかったとされていました。

また、資格がなくても誰でも病院を開業・経営できたこともあり特に勉強もせずにいい加減な施術をしたり中には人体に副作用のあるような成分が配合された薬を平気で処方するような偽医者も多く顰蹙を買っていたとされています。

そこで明治政府は医療や病院制度においても制度を整えて近代化を図ろうと明治7年に医術開業試験制度を設けていきます。

この試験は、医療関係の教育機関に通っていなくても試験に合格すれば医師免許が取得できると言うもので、明治時代を代表する医師である野口英世もこの試験に合格しています。

西洋医学を学んでいる医師は欲しいけどそのための医学学校も少なく医師や病院などの医療機関も不足していたため、この制度は西洋医学の知識を持つ医師や病院などの医療機関を増やしただけでなく、医師の西洋化においては画期的な政策だったとされています。

ただ、一方で経済的に恵まれており大学や医療専門学校などを普通に卒業することができた人は無試験のまま医師免許が取得できたという不平等も生まれてしまっていたとされています。

病院の設立に伴う理想と現実

江戸時代においては病院というものはほとんど存在しなかったことから、明治政府は新しい時代の幕開けとともに急ピッチであちこちに病院を設立していくようになります。

明治維新時期である戊辰戦争の頃にも負傷兵を収容するために京都や横浜、大阪の三都市に病院が設立され、それに伴い西洋医学を学ぶための医学学校などの建設も進められていきました。

しかし、病院設立において中心となったのは民間病院の医療機関、つまり市立病院の設立が際立っており、当初は「清貧のための医療機関」として官立病院が多かったものの、経営が立ち行かなくなったことから次々と減少し、理念よりも利益追求を優先する医療機関も存在したとされています。

それを考えると、現代においても病院などの医療機関制度に通じるところがあるのではないでしょうか。

ちなみに、明治時代に入院した際の病院との食事はどのようなものだったのかと言うと、牛乳や卵、パンや牛肉、馬鈴薯などが自用品として用いられていたようで以外にも豪華な病院食だったのではないかと推測できます。

明治時代の最初の女医である荻野吟子とは

明治時代はまだまだ女性の地位が低く男性より下に見られていたのが普通の時代でしたが、明治17年に明治政府は医療制度を整えるための一つの過程として女性に医術開業試験受験を受けることを許可し、それに受かれば男性と同等の資格を得られるようにしました。

近代日本の女性初の医師となる荻野吟子は他の3人の女性とともに試験に挑み彼女一人だけが合格し、雑誌などでも「女医第一号」として話題となります。

私立医学校・好寿院に男子学生に混じり特別に入学することを許可されましたが、その当時は女性として軽視されることもあったことから女医になる前の通学した3年間は他の男子学生と同じよう羽織袴でショートヘアの格好で過ごしたとされており、様々な嫌がらせなどを受け苦労したにもかかわらず優秀な成績で修了したとされています。

その後34歳にして湯島に初めて開業した病院となる「産婦人科荻野医院」を開業します。

女性で医術開業試験の門出を開いたという点では第一人者であり女医を語る上でも非常に重要な人物であったとされています。

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